学校事情(21): Ph.D.ってのは汎用的な学習/研究プロセスを学ぶ場 - Solving Engineering Problems

seihiguchi2006-02-04



ここで論じるのは、実験をしていてふと頭の中をよぎったことである. 工学の問題を解決するための一連のプロセスに焦点をあてるのだが、この内容は昔書いたエントリー、Ph.D.を取る意義 (http://d.hatena.ne.jp/seihiguchi/20050902/1133071905) を掘り下げたものになるかもしれない.

6つの手順

Engineeringの問題を解くプロセスというのは、大まかに細分してみると,

  1. 問題の発見および定義
  2. その問題を解く為の解決方法
  3. 物理法則(自然科学の法則)に従った数式によるモデル化 (物理)
  4. 数式(だいたい微分方程式であることが多い)を解く (数学)
  5. コンピュータプログラムによるシミュレーションおよび実験により検証 (数値計算法, コンピュータの技能, 実験の技能)
  6. 結果を考察 (物理)

のようになり、2〜6の手順は問題が解けるまでループすることがほとんどだと思う. 最後にいい結果が得られたと判断したら、文書で表現する(プレゼンテーション/コミュニケーション能力).

問題を創る

Ph.D.をとるには、研究をして学位論文を提出しなくてはならない. で、Quals (Qualifying Examination, ) を除けば、「研究テーマ」を何にするかを決定することが最も難しいことの1つだと思う. すなわち、1の「問題の発見と定義」である. 卒業するまで学校に居座る5年, 6年 (それ以上???)の長期に渡って, 何をしたいかを選択するのだが, 自分の場合約1年くらいを要した(要してしまった). 2003年の冬にMasterからPh.D.へ格上げになったのだが、「この研究テーマでコミットする」と宣言したのは1年後の2004年冬. 1年間遊んでいたわけではなく、授業とRAの仕事に追われていて自分の研究にしっかり取り組む余裕がなかったと言ってしまえば言い訳なのだが、結局はRAの仕事内容を通じて決定できた. だからRAと学位論文の研究内容は相関性が高い、というか同じである.


今学期は、光電効果の実験がRAなので、Time-delay Systemsの制御とは大きく異なるが、概してRAの内容が学位論文につながるケースがごく一般的だろう. 少なくともうちの研究グループ (LISA, Laser Interferometer Space Antenna) にいる他の学生らはそんな感じ.


この「問題発見」というのは、実社会でいうと「世の中で必要とされそうな(加えて儲かりそうな)サービスや、製品のアイディアを練り出す」ことや、「どんなサービスや製品をウリにしたビジネスプランを打ち出すか」ということに相当する. 別な言い方をすると、「自分の仕事を自ら創ってしまう」ことだ.


何が世の中の為になるか、需要があるかということを見極めるためには、常に社会の動きに注意を配り、活きた情報を集め、手を動かし、頭を働かさなくてはならない. これは推測だが、実社会で働く (つまり会社で働く)環境下の方がひょっとしたら、いいテーマを見つけるという観点においては有利なのかもしれない. それ故に、この国の大学および大学院へは社会で働いた経験を持つプロフェッショナルたちが多く学びにきている理由を少なくとも部分的に説明している気がする.

解法を考える

さて、問題が定義できたら、解決へのアプローチを考える. 単純な例なのだが、スペースプレーンの姿勢制御が問題になったら、その運動方程式を立てて、フィードバック制御ループを書いてみて、スペックに適合した理想的な制御応答が得られるように制御装置を設計してみよう、と大雑把なステップを考える.

この解法というのは、個人のバックグラウンドに依存する. これが専攻と関連するのだが、要は自分の得意分野(長所)を最大限に活用して、エレガントな答えを導くことができるようにするのである. 場合によっては、複数の領域の知識を融合しないといけないかもしれない.

ここからが、学校教育で一番時間を費やすところ (すくなくとも日本の大学受験では)

問題は与えられ、解決への指針も立ったので、残りは自然科学の法則に従うだけである. 物理法則を使ってモデルから数式を立て、それを解いて、シミュレーションや実験をして、解が正しいことを立証する. これらの流れは失敗を繰り返しながら、右往左往するだろう (私は現在、制御の実験に失敗しまくっています).


余談ながら、受験教育では、この与えられた問題を正しく早く解くことだけに焦点が当てられすぎて、「言われたことは的確に素晴らしくこなすのだが、言われないと何もできない症候群」を産み出している気がする. 解決方法を考えることも受験問題を解く要素の1つなのだが、けっこうパターン化しているものなので、如何しても記憶に頼ってしまい、結局は暗記力がものをいう. それゆえに、全く未知の問題に遭遇し、パターンにも当てはまらないという場合には、そういう教育では太刀打ちできない. 自分の限られた知識を組み合わせて思考をし、失敗を恐れずにアタックするといったような訓練が必要である. 要は、今の教育は「受動的」すぎて、数多くの優秀な高速プロセッサーを製造しているだけ. もっと「能動的な姿勢」を育てるように修正していかないと、技術大国日本が陥没してしまうかも...


数式モデルができたら、式を解きシミュレーション(+実験が加わることがある)をするのだが、ここでコンピュータを使う技能が不可欠である. 例えば, MatlabとかC, Python, Fortranが工学の計算でよく使われる. 多分、研究時間の1/3以上はコンピュータでプログラミングをしていると思う. もっと多いかもしれない. 実験をするとなると、また実験機器をコンピュータから操作するための設定が必要だったり、計測やノイズについても知っておくべきことがたくさんある.


だから、一言で「電気工学が専攻」だとか、「航空宇宙が専攻」とはいっても、複数領域の知識を総動員する必要がある. 自分の研究だと、(Time-delay systemの制御だが) 制御対象である熱システムのモデルを作るためには、伝熱学や数値モデル構築用にFEM(有限要素法)が必要になる. 制御装置の設計には、理論とそれを理解するための数学力(特に線形代数). で、シミュレーションと実験をするには、コンピュータの技能 (MATLAB, PYTHON, GPIBの設定)と計測装置の知識がいる. 何か抜けているかもしれないが、複合領域科目を勉強しているようなもんだ.


一応、結果がでたら、それを検証してみる. それに納得し、自信のある解答であれば完了. そうでなければ、どこかのプロセスに立ち戻る. 上の図では、Approachへ還っているが、もしかしたら実験装置に不備があったせいかもしれないし、計算ミスかもしれないし、色々な要素が絡む. また、副産物として新しい、興味深い問題が産まれるかもしれない. それそれで、またいい研究ネタ、仕事ネタである (ビジネスチャンスかもしれない).

博士/Ph.D. = Mad Scientist ?

よく「博士は各々の専門分野に特化されていて、企業や社会では使い物にならない」と聞くことがあるのだが、それは大きな間違いであると思う. 少なくとも、この国ではPh.D.を高く評価するし, 給与の面においても、Masterと明確に区別がなされる. 「学部卒/院卒」というおおざっぱな区別をすることはない. 日本でも最近状況が変化してきているようではあるのだが.


そもそも、人に命令されなくても自分の仕事を見つけてきて、それを完遂する訓練を受けている人種なのだ. 世のため、人のために役立たないはずがない.


専門領域を深く追求することも要求され、それがまた強みにもなるのだが、冒頭で挙げた問題解決ループ(上の図)はどんな局面にも有効に働くし、また訓練されていなければならない1つのスキルだと思う. 特に、ループのスタートである「問題発見と解答への指針を考える」(これが再重要項目) のは、偏差値教育ではなかなかトレーニングできない. 結論として、そのループを体得していれば、どこの世界ででも生きていけるのである.


(コミュニケーション能力を特に磨かないといけないなぁ...)