Stanford University 学校事情(7): なんでPh.D.を取得したいのか?

今回は100%主観的な内容.

なぜPh.D.を取るために大学院へ行っているのか, という命題についての自分の考えをまとめてみる.

なぜ今になってこんな他愛のないことを書くのか? 多分, 初対面の人に巧く説明できるように原稿を準備しているんじゃないかな? 何分喋ることをかなり不得意としているので.. それはPh.D.取得に向けての一番の課題でもある.

(学校事情というより, 個人事情というべき)


理由は以下の3つに集約される.

1. 学問を学ぶということが楽しい.
2. 問題設定⇒解決方法の模索・思案⇒問題解決 というプロセスを体得できる.
3. Ph.D.というのは最高の資格である.および, なければはじまらない.が水戸黄門の印籠ではない.


1.学問を学ぶということが楽しい.

Linus Torvalds氏の言葉をかりると, Just for Funってことに集約される. 勉強することが楽しいんですねぇ. (こっちへ来たばかりのときは嬉しくて地に足がついていませんでしたが) 加えて, RAをもらっているお陰で勉強しているのに授業料及び給料がもらえるという待遇. 給料は決して多いとは言えませんが, 好きなことをしてPaidされるって幸せなことですね.

Tiger Woodsのこの言葉も素晴しい.

I get to play golf for a living. What more can you ask for - getting paid for doing what you love.

2. 能動的な姿勢を磨く

よくPh.D., 博士という人種は専門的技能・知識に特化されすぎて, 社会では使いものにならない, と言われている. とくに日本では.

確かにこれって当たっているかな〜..? と思うことがあったりする.例えばこっちへ来て3年が過ぎたけど, 割と学校で勉強をして過ごすことが多かったせいか, 世の中の動きにかなり疎くなり, 浦島太郎状態になりかけています.キャンパスの外に行くと話について行けないしぃ. ここ最近でようやくBlogというものを開設してる. Googleの急成長・肥大拡大もてんで知らなかったし. これではかなりUSELESS と思ったのでようやく重い腰を上げて錆びついた頭を綺麗にし始めました.ちょっとあるお仕事を手伝わせてもらったりと.これはほんとにすごい. MBAにいく何倍もの価値がある.

浦島太郎状態になっている状態で博士を取得しても, そりゃ使えないかもね.世間(政治・経済・情報)に対する視野が極細になってますから.一種の病気みたいなもんです. 病気は治せますがね.


しかしながら, Ph.D.を取得するには万策に通じることを学ばなくてはならないんです. すなわち,

1. 研究のテーマを自分で見つける (与えられない. 少なくとも自分の場合は)
2. テーマの目的を達成するための策, つまり問題解決のアプローチを考える
3. 実践 および 結果の検証, チームワーク
4. 成果をまとめて分かり易く説明する [論文および口述という形態で]

これらってすごく社会に出てから役立つと思います. 要するに, 大きく難しい仕事を自分で創れて根気よく取り組めるかってこと.途中で投げ出したりせずに.電通鬼十則に書いてあることとそのまま?


3. Ph.D.は最高の資格

自分の言葉で説明できることは表現能力という観点からすごく大事なのだが, 以下のコラムの抜粋が的を得ている.

いま一度、問うて曰く、Ph.D.とは如何なるものぞ。
答えて曰く、研究者のパスポートの如きものなり。

パスポートは、その人の価値を決めるものではありませんが、なければ行けない土地もあります。ただし、パスポートが行き先を決めてくれるわけではなく、どこでどんな経験ができるかは、その人次第です。研究の中で何を学び・身につけるか、またそれを通じて築き上げる人とのネットワークによって、将来の可能性が広がっていくことでしょう。このようなことは、研究者であるなしにかかわらず、常に意識しなければならないことですが、大学院での研究期間は、かなり自由な立場で取り組めるときであるはずです。

コラム : Ph.D.は米粒? それとも?
http://www.jtpa.org/archives/2003/07/phdacc_aaaa.html


Ph.D.はパスポート.あるからといって優遇されたりしませんが, なければ何もできません. とくに研究者となるなら. そうでなくてもPh.D.をやっていく間に培われていく能力ってすごく価値があると思うんです. よく, 「StanfordPh.D.をもっていたら泣く子もだまる」とか, 「天下のStanford!」なんて言われますが, そのような考えにはあまり賛成したくないというか, 虎の威を借りているようで, そのうちすぐメッキがはげると思うんですねぇ. 要するに中身がない. やはりPh.D.って先述した能動的な姿勢および問題解決発見・能力を磨いたことをcertifiedしてもらう証だと思います.加えて, 高度な専門知識とそこから産み出される知恵ですね.

今のところ卒業後に大学に残る予定は立てていません. やはりお金を稼ぐことをします. それがわざわざSVへやってきた理由の1つでもあるわけだし.


おまけ1: わざわざなんで何年も学校へいく?

やっぱり楽しいから. 自分がやりたいことだから. 人生って自分が好きなことを自由にするべきだと思うんですねぇ. 「いい加減働けよ」と無責任なことをいってくれる輩もいます. 変に世間体だとか, 回りの人達の言動を伺ったり気にしたりしたって仕方ない. 他人のことを気にしたって自分にとってプラスにならない. この人の行動は是非見習いたいなー, っと思う場合は別です.

また話が趣味とのアナロジーになりますが, ゴルフって他のプレーヤーのプレーや言っていることを気にしたところで, 何も始まらない. 代えってスコアを崩したり, 自分のプレーができなくなる. 結局勝負するのは自分自身であり, Parであり, コースなので.

人生も同じ様に, 回りにいる人間はいろいろ言うかも知れないけど, 自分がやりたいことを自由にやればいいはず. (有益な助言は聞き逃さないで.) その代償に自らの行動によって起こることについては責任をもつ. しばしば世間で騒がれるのは, "同級生だったやつらは今ではけっこう稼いでいる", "生涯賃金が少なくなる", "結婚は?", "30までには世帯をもつ", "もう年だっ", とかいろいろ言ってるけど, そいうのってかなりどうでもいい. なぜかというと, 他人が行っている・やっていることだから. 気にしたところで生産的なことはなにもないし, そんなことは後でどうにでもなるわけでしょう. Mind your own f________ business!ですね. ここで勘違いしたくないのが, 世の中の動きに無頓着であれ!, ということではない. 逆に他人が自分のことに余計な関心を持ってもらうことはすごく.

要は,「自分はこんな人生の設計図」があるって言えること.雑音には耳を貸さない. そして最後に結果を示して自分の判断が正しいかったことを証明すればよいでしょう.


おまけ2:わざわざアメリカの大学院へ行っている理由

日本の大学教育に幻滅したのが1回生のとき. 日本の大学ってレジャーランドでしょう? 大学院はアメリカにするべしっ, ということで準備をすぐさま開始.アメリカの大学のシステムは優れていると聞いていたし. 現在のところ, この判断は間違いなく正しいと思っています. 真に正しいかどうかは, ちゃんと卒業して一応の社会的成功を納めてから判定する予定.